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日米修好通商条約により横浜の開港がきまると、現在の関内地区に居留地を建設するため、埋め立て、掘り割り、区画整理が行われました。居留地は出島のように川で囲まれ、橋には全て関門が設けられました。開港後、西波止場、東波止場が建設され、その名残が現在の象の鼻地区に残されています。